江原町町会は、東京都中野区江原町にお住まいの方でつくる、地域のつながりの組織です。

町会の沿革

江原町町会の区域は、中野区の北部に位置し、東西に走る目白通りを南北に挟み、都営地下鉄12号線(大江戸線)の新江古田駅があります。駅前周辺を除いては大きな商店街もなく、緑に囲まれた閑静な住宅地です。区域内には、区立江原公園や区立の江原小学校、第七中学校の一部学区域を含んでいます。

昭和2年2月に、江古田不動尊で近代的な町会組織を目指した「江和会」が創設されました。この組織が母体となり、現在に引き継がれてきました。この間、町名変更などで紆余曲折がありましたが、昭和55年6月に「江原町町会」の名称になりました。

会の目的は、会員相互の親睦を図り、住み良い地域社会の形成および維持にあります。会員の世帯数は、おおむね1,300余を有し、会長をはじめ19人の役員が会や事業の運営にあたっています。

町会の活動

主な事業としては、3月の餅つき大会、7月の納涼盆踊り大会、9月の敬老祝品の配付、11月の日帰りバス旅行です。

また、防犯部、防災部、交通部、青少年部、女性部などがそれぞれの事業展開を図っています。

区(防災・清掃など)、学校、消防、警察などの行政機関と連携・協働し住民の安全・安心につながる事業を実施しています。さらに、地元のボランティア団体、青少年団体、福祉団体などとも連係を図っています。

近年、加入者がゆるやかに低減していることに加え、役員の高齢化と辞任により円滑な事業の実施が難しくなっています。どのように会員や役員を増やしていくのか、日々模索しているところです。

これからも、地元の祭りや餅つきなどを通して顔と顔の見える関係を構築し、設立の趣旨でもある「住み良い地域」づくりに邁進していきます。

江原町町会略史

  1. 昭和2年2月5日 江古田不動尊において近代的町会組織を目指し「江和会」の創立総会が開催され発足した。
  2. 昭和13年4月 江古田2丁目町会と改名。戦時中は隣組を組織、上意下達の機関として活発に活動した。
  3. 昭和20年8月 終戦となり進駐軍の命令により全町会解散させられる。
  4. 昭和23年8月 戦後の人心動揺はげしく電灯もなく暗く物騒で犯罪も毎日のように起るので町を明るくし、防犯、防火に役立たせるため、江古田2丁目青年文化協力会を設立、電灯100本以上を設置し、明るい町づくりに役立たせた。
  5. 昭和29年4月 平和条約が締結されたのを機会に元の町会名江古田2丁目町会と改めた。
  6. 昭和38年10月 旧江古田2丁目は江原町1、2、3丁目に町名が変更された。当時役員の大部分はこの町名変更に強く反対し、「江古田」という町名に愛着をもっていたので、町会名は北江古田町会とした。
  7. 昭和55年6月 町名変更後18年を経過し「北江古田町会」では不便、不都合が生ずることがしばしばあるので江原町町会と改正、今日に至っている。